2007年01月20日
What's Connoisseurs Club ? 5
コニサーズクラブにとって大きな転機となったのが、2003年2月、山崎白秋さんのデビュー(?)です。彼がこのペンネームで毎月テイスティングノートを書くようになったことで、ほったらかしだった私のホームページも頻繁に更新するようになり、記録もしっかり残るようになったのです。
彼は5種類のモルトが出揃うまでノージングするだけで、決して口にはしません。飲んでしまうと香りが分からなくなるので、というのがその理由。昨年の8月分からはこちらにもアップしていて、これを楽しみにしているというコメントもいただいています。
毎月、素晴らしいテイスティングノートを書いていただける山崎白秋さんには本当に頭が下がります。データベース化を目指した私のサイトは更新が滞っていますが、何とかがんばって追いつきたいと思っています。
彼は5種類のモルトが出揃うまでノージングするだけで、決して口にはしません。飲んでしまうと香りが分からなくなるので、というのがその理由。昨年の8月分からはこちらにもアップしていて、これを楽しみにしているというコメントもいただいています。
毎月、素晴らしいテイスティングノートを書いていただける山崎白秋さんには本当に頭が下がります。データベース化を目指した私のサイトは更新が滞っていますが、何とかがんばって追いつきたいと思っています。
2006年11月15日
What's Connoisseurs Club ? 5
毎回ブラインドテイスティングを行なっているコニサーズクラブですが、一度だけ内容を明かしてテイスティングしたことがありました。それはラフロイグ10年、15年、30年、40年(!)のヴァーチカルテイスティングで、多分2001年の秋ごろのことではなかったかと思います。
このときだけは会費が1万円でしたが、30年でもなかなか飲めないのに、40年をティスティングできて大満足でした。ラフロイグ40年は一言で言えば「幽玄」で、香りの印象(あくまで個人的なものですが)は「くもの巣とほこりに覆われた古い家の屋根裏」。ブラインドだったとしても同じ表現をしただろうと思います。
このときだけは会費が1万円でしたが、30年でもなかなか飲めないのに、40年をティスティングできて大満足でした。ラフロイグ40年は一言で言えば「幽玄」で、香りの印象(あくまで個人的なものですが)は「くもの巣とほこりに覆われた古い家の屋根裏」。ブラインドだったとしても同じ表現をしただろうと思います。
2006年10月13日
What's Connoisseurs Club ? 4
毎月のテーマ探しが大変だとStand BarのマスターからSOSが出たのは、たぶん2001年頃のことだったと思います。そして、ソサエティ(SMWS)に入会して、けっこうな数のモルトを買っていた私が最初に助け舟を出すことになりました。
最初に出したのが何だったのか憶えてはいないのですが、「ブルイックラディとブナハーブン」のようなちょっとマイナーなテーマが登場するようになり、もちろん他のメンバーの協力もあって、かなり幅が広がりました。
この頃のテーマで思い出深いのが「石鹸香のするモルト」でした。私がボウモアとグレンギリーで5本集めていたので、てっきりそうだと思い込んでいたのですが、そこにエドラダワーを入れたマスターにすっかり騙されたのです。
ブラインドテイスティングで銘柄を当てるのが目的ではないのですが、成り行きとして会の最後は「さあ、今日のテーマはなんでしょう?」というのが恒例化しました。でもどれだけ続けていてもそうは当たらないもので、私も自分の出し物以外では、隣に座った人と一緒に「クライヌリッシュ」を言い当てたことがあるぐらいです。
最初に出したのが何だったのか憶えてはいないのですが、「ブルイックラディとブナハーブン」のようなちょっとマイナーなテーマが登場するようになり、もちろん他のメンバーの協力もあって、かなり幅が広がりました。
この頃のテーマで思い出深いのが「石鹸香のするモルト」でした。私がボウモアとグレンギリーで5本集めていたので、てっきりそうだと思い込んでいたのですが、そこにエドラダワーを入れたマスターにすっかり騙されたのです。
ブラインドテイスティングで銘柄を当てるのが目的ではないのですが、成り行きとして会の最後は「さあ、今日のテーマはなんでしょう?」というのが恒例化しました。でもどれだけ続けていてもそうは当たらないもので、私も自分の出し物以外では、隣に座った人と一緒に「クライヌリッシュ」を言い当てたことがあるぐらいです。
2006年10月02日
What's Connoisseurs Club ? 3
2年目に入ったころから会の運営は Stand Bar のマスターに委ねられることになりました。何しろ毎月1回開催するのですから、毎月のテーマを探すのが大変で彼の苦難の時代が始まったのでした。
メンバーは、ほぼ同じ顔ぶれの約10人集まってくるので、繰り返す訳にもいきません。なぜ、現在のように単一蒸留所の5本を集めることができるようになったのかは後で書きますが、ボトルの半分以上が残ってしまうことを考えると、売りにくいモルトを出すことは難しいので、どうしてもテーマが限られてしまいます。
色々話し合った結果、メンバーが自分の気に入ったボトルを持ち寄ったこともありましたし、買って失敗だったモルトを持ち寄ってその「不味さ」を競い合ったこともありました。後者のときには私はたまたま入院して欠席でしたがかなり盛り上がったようで、「文句なく一番不味い」と言われたモルトを持ってきた人は、なぜか得意げでした(私の持ち込んだモルトは「美味しい」と不評(?)だったそうで複雑な気分でした)。
メンバーは、ほぼ同じ顔ぶれの約10人集まってくるので、繰り返す訳にもいきません。なぜ、現在のように単一蒸留所の5本を集めることができるようになったのかは後で書きますが、ボトルの半分以上が残ってしまうことを考えると、売りにくいモルトを出すことは難しいので、どうしてもテーマが限られてしまいます。
色々話し合った結果、メンバーが自分の気に入ったボトルを持ち寄ったこともありましたし、買って失敗だったモルトを持ち寄ってその「不味さ」を競い合ったこともありました。後者のときには私はたまたま入院して欠席でしたがかなり盛り上がったようで、「文句なく一番不味い」と言われたモルトを持ってきた人は、なぜか得意げでした(私の持ち込んだモルトは「美味しい」と不評(?)だったそうで複雑な気分でした)。
2006年09月27日
What's Connoisseurs Club ? 2
翌1999年の1月に開かれた第2回のテーマは「ヴァーチカル・テイスティング」だったと記憶していて、マッカランの12年と18年、ボウモア12年、15年(マリナー)、17年の5本だったと思います。
その後はさっぱり覚えていませんが、ちょうど1年後には第1回のテーマ「クラシックモルト」がそのまま出てきました。1年目には1回だけ開かれなかった月があったので、それまでの計10回やったブラインド・テイスティングでメンバーの感覚がどれぐらい変わったかということだったと思うのですが、誰も言い当てることができなかったので、記憶しているのです。
このころにはメンバーもかなり打ち解けて(一緒に他の試飲会に出かけたり、日間賀島まで行ってバーベキューをやったりもしました)、けっこう好き勝手なことを言うようになっていただけに、かなりのショックでした。
このころは2次会で食事に行って、さらにビールなどを飲むという、今考えるとかなり無茶なこともしていました。そして1周年ぐらいを境に、それまで会を取り仕切ってきた吉田屋さんが、仕事が忙しくなってドロップアウト。このあたりまでがコニサーズクラブの第1期に位置づけられます。
その後はさっぱり覚えていませんが、ちょうど1年後には第1回のテーマ「クラシックモルト」がそのまま出てきました。1年目には1回だけ開かれなかった月があったので、それまでの計10回やったブラインド・テイスティングでメンバーの感覚がどれぐらい変わったかということだったと思うのですが、誰も言い当てることができなかったので、記憶しているのです。
このころにはメンバーもかなり打ち解けて(一緒に他の試飲会に出かけたり、日間賀島まで行ってバーベキューをやったりもしました)、けっこう好き勝手なことを言うようになっていただけに、かなりのショックでした。
このころは2次会で食事に行って、さらにビールなどを飲むという、今考えるとかなり無茶なこともしていました。そして1周年ぐらいを境に、それまで会を取り仕切ってきた吉田屋さんが、仕事が忙しくなってドロップアウト。このあたりまでがコニサーズクラブの第1期に位置づけられます。
2006年09月22日
What's Connoisseurs Club ? 1
記念すべき第1回は、なんと1998年11月に開催されました。当初は土曜日開催だったので、たぶん28日だったと思うのですが、何しろ前世紀(笑)のことなので、はっきり覚えていません(第2回は1999年1月で以降は一月も欠かさずに続いています)。
メンバーは吉田屋という酒屋さんと、会場となったStand Barのマスターが集めた約10人で、互いに知らない同士ばかりで私も緊張しまくりでした。
第1回のラインアップはディアジオ(当時はUD)のシックス・クラシック・モルトから、グレンキンチー10年、クラガンモア12年、オーバン14年、タリスカー10年、ラガヴーリン16年という極めてオーソドックスなものでした。(ちなみに仲間はずれにされたダルウィニーは、もうすぐ8年になるのに一度も出てきていないような…)
スタイルは最初から何が供されるかを完全に伏せたブラインドテイスティングで、経験もすくなかったから無理もないけれど、さっぱり正体が分からず、ぶちのめられたといったところ。そのときは、これが何年も続くなどとは夢にも思っていませんでした。
メンバーは吉田屋という酒屋さんと、会場となったStand Barのマスターが集めた約10人で、互いに知らない同士ばかりで私も緊張しまくりでした。
第1回のラインアップはディアジオ(当時はUD)のシックス・クラシック・モルトから、グレンキンチー10年、クラガンモア12年、オーバン14年、タリスカー10年、ラガヴーリン16年という極めてオーソドックスなものでした。(ちなみに仲間はずれにされたダルウィニーは、もうすぐ8年になるのに一度も出てきていないような…)
スタイルは最初から何が供されるかを完全に伏せたブラインドテイスティングで、経験もすくなかったから無理もないけれど、さっぱり正体が分からず、ぶちのめられたといったところ。そのときは、これが何年も続くなどとは夢にも思っていませんでした。







